万葉集の第8巻を一覧にまとめました。
万葉集の第8巻一覧
| 1418 | 石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも |
| 1419 | 神なびの石瀬の社の呼子鳥いたくな鳴きそ我が恋まさる |
| 1420 | 沫雪かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも |
| 1421 | 春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも |
| 1422 | うち靡く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば |
| 1423 | 去年の春いこじて植ゑし我がやどの若木の梅は花咲きにけり |
| 1424 | 春の野にすみれ摘みにと来し我れぞ野をなつかしみ一夜寝にける |
| 1425 | あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいたく恋ひめやも |
| 1426 | 我が背子に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば |
| 1427 | 明日よりは春菜摘まむと標めし野に昨日も今日も雪は降りつつ |
| 1428 | おしてる難波を過ぎてうち靡く草香の山を夕暮れに我が越え来れば山も狭に咲ける馬酔木の悪しからぬ君をいつしか行きて早見む |
| 1429 | 娘子らがかざしのために風流士のかづらのためと敷きませる国のはたてに咲きにける桜の花のにほひはもあなに |
| 1430 | 去年の春逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へけらしも |
| 1431 | 百済野の萩の古枝に春待つと居りし鴬鳴きにけむかも |
| 1432 | 我が背子が見らむ佐保道の青柳を手折りてだにも見むよしもがも |
| 1433 | うち上る佐保の川原の青柳は今は春へとなりにけるかも |
| 1434 | 霜雪もいまだ過ぎねば思はぬに春日の里に梅の花見つ |
| 1435 | かはづ鳴く神奈備川に影見えて今か咲くらむ山吹の花 |
| 1436 | 含めりと言ひし梅が枝今朝降りし沫雪にあひて咲きぬらむかも |
| 1437 | 霞立つ春日の里の梅の花山のあらしに散りこすなゆめ |
| 1438 | 霞立つ春日の里の梅の花花に問はむと我が思はなくに |
| 1439 | 時は今は春になりぬとみ雪降る遠山の辺に霞たなびく |
| 1440 | 春雨のしくしく降るに高円の山の桜はいかにかあるらむ |
| 1441 | うち霧らひ雪は降りつつしかすがに我家の苑に鴬鳴くも |
| 1442 | 難波辺に人の行ければ後れ居て春菜摘む子を見るが悲しさ |
| 1443 | 霞立つ野の上の方に行きしかば鴬鳴きつ春になるらし |
| 1444 | 山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの春の雨に盛りなりけり |
| 1445 | 風交り雪は降るとも実にならぬ我家の梅を花に散らすな |
| 1446 | 春の野にあさる雉の妻恋ひにおのがあたりを人に知れつつ |
| 1447 | 世の常に聞けば苦しき呼子鳥声なつかしき時にはなりぬ |
| 1448 | 我がやどに蒔きしなでしこいつしかも花に咲きなむなそへつつ見む |
| 1449 | 茅花抜く浅茅が原のつほすみれ今盛りなり我が恋ふらくは |
| 1450 | 心ぐきものにぞありける春霞たなびく時に恋の繁きは |
| 1451 | 水鳥の鴨の羽色の春山のおほつかなくも思ほゆるかも |
| 1452 | 闇ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜に出でまさじとや |
| 1453 | 玉たすき懸けぬ時なく息の緒に我が思ふ君はうつせみの世の人なれば大君の命畏み夕されば鶴が妻呼ぶ難波潟御津の崎より大船に真楫しじ貫き白波の高き荒海を島伝ひい別れ行かば留まれる我れは幣引き斎ひつつ君をば待たむ早帰りませ |
| 1454 | 波の上ゆ見ゆる小島の雲隠りあな息づかし相別れなば |
| 1455 | たまきはる命に向ひ恋ひむゆは君が御船の楫柄にもが |
| 1456 | この花の一節のうちに百種の言ぞ隠れるおほろかにすな |
| 1457 | この花の一節のうちは百種の言待ちかねて折らえけらずや |
| 1458 | やどにある桜の花は今もかも松風早み地に散るらむ |
| 1459 | 世間も常にしあらねばやどにある桜の花の散れるころかも |
| 1460 | 戯奴變云わけがため我が手もすまに春の野に抜ける茅花ぞ食して肥えませ |
| 1461 | 昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴さへに見よ |
| 1462 | 我が君に戯奴は恋ふらし賜りたる茅花を食めどいや痩せに痩す |
| 1463 | 我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも |
| 1464 | 春霞たなびく山のへなれれば妹に逢はずて月ぞ経にける |
| 1465 | 霍公鳥いたくな鳴きそ汝が声を五月の玉にあへ貫くまでに |
| 1466 | 神奈備の石瀬の社の霍公鳥毛無の岡にいつか来鳴かむ |
| 1467 | 霍公鳥なかる国にも行きてしかその鳴く声を聞けば苦しも |
| 1468 | 霍公鳥声聞く小野の秋風に萩咲きぬれや声の乏しき |
| 1469 | あしひきの山霍公鳥汝が鳴けば家なる妹し常に偲はゆ |
| 1470 | もののふの石瀬の社の霍公鳥今も鳴かぬか山の常蔭に |
| 1471 | 恋しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり |
| 1472 | 霍公鳥来鳴き響もす卯の花の伴にや来しと問はましものを |
| 1473 | 橘の花散る里の霍公鳥片恋しつつ鳴く日しぞ多き |
| 1474 | 今もかも大城の山に霍公鳥鳴き響むらむ我れなけれども |
| 1475 | 何しかもここだく恋ふる霍公鳥鳴く声聞けば恋こそまされ |
| 1476 | ひとり居て物思ふ宵に霍公鳥こゆ鳴き渡る心しあるらし |
| 1477 | 卯の花もいまだ咲かねば霍公鳥佐保の山辺に来鳴き響もす |
| 1478 | 我が宿の花橘のいつしかも玉に貫くべくその実なりなむ |
| 1479 | 隠りのみ居ればいぶせみ慰むと出で立ち聞けば来鳴くひぐらし |
| 1480 | 我が宿に月おし照れり霍公鳥心あれ今夜来鳴き響もせ |
| 1481 | 我が宿の花橘に霍公鳥今こそ鳴かめ友に逢へる時 |
| 1482 | 皆人の待ちし卯の花散りぬとも鳴く霍公鳥我れ忘れめや |
| 1483 | 我が背子が宿の橘花をよみ鳴く霍公鳥見にぞ我が来し |
| 1484 | 霍公鳥いたくな鳴きそひとり居て寐の寝らえぬに聞けば苦しも |
| 1485 | 夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らば移ろひなむか |
| 1486 | 我が宿の花橘を霍公鳥来鳴かず地に散らしてむとか |
| 1487 | 霍公鳥思はずありき木の暗のかくなるまでに何か来鳴かぬ |
| 1488 | いづくには鳴きもしにけむ霍公鳥我家の里に今日のみぞ鳴く |
| 1489 | 我が宿の花橘は散り過ぎて玉に貫くべく実になりにけり |
| 1490 | 霍公鳥待てど来鳴かず菖蒲草玉に貫く日をいまだ遠みか |
| 1491 | 卯の花の過ぎば惜しみか霍公鳥雨間も置かずこゆ鳴き渡る |
| 1492 | 君が家の花橘はなりにけり花のある時に逢はましものを |
| 1493 | 我が宿の花橘を霍公鳥来鳴き響めて本に散らしつ |
| 1494 | 夏山の木末の茂に霍公鳥鳴き響むなる声の遥けさ |
| 1495 | あしひきの木の間立ち潜く霍公鳥かく聞きそめて後恋ひむかも |
| 1496 | 我が宿のなでしこの花盛りなり手折りて一目見せむ子もがも |
| 1497 | 筑波嶺に我が行けりせば霍公鳥山彦響め鳴かましやそれ |
| 1498 | 暇なみ来まさぬ君に霍公鳥我れかく恋ふと行きて告げこそ |
| 1499 | 言繁み君は来まさず霍公鳥汝れだに来鳴け朝戸開かむ |
| 1500 | 夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ |
| 1501 | 霍公鳥鳴く峰の上の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ |
| 1502 | 五月の花橘を君がため玉にこそ貫け散らまく惜しみ |
| 1503 | 我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る |
| 1504 | 暇なみ五月をすらに我妹子が花橘を見ずか過ぎなむ |
| 1505 | 霍公鳥鳴きしすなはち君が家に行けと追ひしは至りけむかも |
| 1506 | 故郷の奈良思の岡の霍公鳥言告げ遣りしいかに告げきや |
| 1507 | いかといかとある我が宿に百枝さし生ふる橘玉に貫く五月を近みあえぬがに花咲きにけり朝に日に出で見るごとに息の緒に我が思ふ妹にまそ鏡清き月夜にただ一目見するまでには散りこすなゆめと言ひつつここだくも我が守るものをうれたきや醜霍公鳥暁のうら悲しきに追へど追へどなほし来鳴きていたづらに地に散らせばすべをなみ攀ぢて手折りつ見ませ我妹子 |
| 1508 | 望ぐたち清き月夜に我妹子に見せむと思ひしやどの橘 |
| 1509 | 妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥花橘を地に散らしつ |
| 1510 | なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標めし野の花にあらめやも |
| 1511 | 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寐ねにけらしも |
| 1512 | 経もなく緯も定めず娘子らが織る黄葉に霜な降りそね |
| 1513 | 今朝の朝明雁が音聞きつ春日山もみちにけらし我が心痛し |
| 1514 | 秋萩は咲くべくあらし我がやどの浅茅が花の散りゆく見れば |
| 1515 | 言繁き里に住まずは今朝鳴きし雁にたぐひて行かましものを一云国にあらずは |
| 1516 | 秋山にもみつ木の葉のうつりなばさらにや秋を見まく欲りせむ |
| 1517 | 味酒三輪のはふりの山照らす秋の黄葉の散らまく惜しも |
| 1518 | 天の川相向き立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き設けな一云川に向ひて |
| 1519 | 久方の天の川瀬に舟浮けて今夜か君が我がり来まさむ |
| 1520 | 彦星は織女と天地の別れし時ゆいなうしろ川に向き立ち思ふそら安けなくに嘆くそら安けなくに青波に望みは絶えぬ白雲に涙は尽きぬかくのみや息づき居らむかくのみや恋ひつつあらむさ丹塗りの小舟もがも玉巻きの真櫂もがも一云小棹もがも朝なぎにい掻き渡り夕潮に一云夕にもい漕ぎ渡り久方の天の川原に天飛ぶや領巾片敷き真玉手の玉手さし交へあまた夜も寐ねてしかも一云寐もさ寝てしか秋にあらずとも一云秋待たずとも |
| 1521 | 風雲は二つの岸に通へども我が遠妻の一云愛し妻の言ぞ通はぬ |
| 1522 | たぶてにも投げ越しつべき天の川隔てればかもあまたすべなき |
| 1523 | 秋風の吹きにし日よりいつしかと我が待ち恋ひし君ぞ来ませる |
| 1524 | 天の川いと川波は立たねどもさもらひかたし近きこの瀬を |
| 1525 | 袖振らば見も交しつべく近けども渡るすべなし秋にしあらねば |
| 1526 | 玉かぎるほのかに見えて別れなばもとなや恋ひむ逢ふ時までは |
| 1527 | 彦星の妻迎へ舟漕ぎ出らし天の川原に霧の立てるは |
| 1528 | 霞立つ天の川原に君待つとい行き帰るに裳の裾濡れぬ |
| 1529 | 天の川浮津の波音騒くなり我が待つ君し舟出すらしも |
| 1530 | をみなへし秋萩交る蘆城の野今日を始めて万世に見む |
| 1531 | 玉櫛笥蘆城の川を今日見ては万代までに忘らえめやも |
| 1532 | 草枕旅行く人も行き触ればにほひぬべくも咲ける萩かも |
| 1533 | 伊香山野辺に咲きたる萩見れば君が家なる尾花し思ほゆ |
| 1534 | をみなへし秋萩折れれ玉桙の道行きづとと乞はむ子がため |
| 1535 | 我が背子をいつぞ今かと待つなへに面やは見えむ秋の風吹く |
| 1536 | 宵に逢ひて朝面なみ名張野の萩は散りにき黄葉早継げ |
| 1537 | 秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花其一 |
| 1538 | 萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花其二 |
| 1539 | 秋の田の穂田を雁がね暗けくに夜のほどろにも鳴き渡るかも |
| 1540 | 今朝の朝明雁が音寒く聞きしなへ野辺の浅茅ぞ色づきにける |
| 1541 | 我が岡にさを鹿来鳴く初萩の花妻どひに来鳴くさを鹿 |
| 1542 | 我が岡の秋萩の花風をいたみ散るべくなりぬ見む人もがも |
| 1543 | 秋の露は移しにありけり水鳥の青葉の山の色づく見れば |
| 1544 | 彦星の思ひますらむ心より見る我れ苦し夜の更けゆけば |
| 1545 | 織女の袖継ぐ宵の暁は川瀬の鶴は鳴かずともよし |
| 1546 | 妹がりと我が行く道の川しあればつくめ結ぶと夜ぞ更けにける |
| 1547 | さを鹿の萩に貫き置ける露の白玉あふさわに誰れの人かも手に巻かむちふ |
| 1548 | 咲く花もをそろはいとはしおくてなる長き心になほしかずけり |
| 1549 | 射目立てて跡見の岡辺のなでしこの花ふさ手折り我れは持ちて行く奈良人のため |
| 1550 | 秋萩の散りの乱ひに呼びたてて鳴くなる鹿の声の遥けさ |
| 1551 | 時待ちて降れるしぐれの雨やみぬ明けむ朝か山のもみたむ |
| 1552 | 夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも |
| 1553 | 時雨の雨間なくし降れば御笠山木末あまねく色づきにけり |
| 1554 | 大君の御笠の山の黄葉は今日の時雨に散りか過ぎなむ |
| 1555 | 秋立ちて幾日もあらねばこの寝ぬる朝明の風は手本寒しも |
| 1556 | 秋田刈る仮廬もいまだ壊たねば雁が音寒し霜も置きぬがに |
| 1557 | 明日香川行き廻る岡の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ |
| 1558 | 鶉鳴く古りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも |
| 1559 | 秋萩は盛り過ぐるをいたづらにかざしに挿さず帰りなむとや |
| 1560 | 妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ |
| 1561 | 吉隠の猪養の山に伏す鹿の妻呼ぶ声を聞くが羨しさ |
| 1562 | 誰れ聞きつこゆ鳴き渡る雁がねの妻呼ぶ声の羨しくもあるか |
| 1563 | 聞きつやと妹が問はせる雁が音はまことも遠く雲隠るなり |
| 1564 | 秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも我は思ほゆるかも |
| 1565 | 我が宿の一群萩を思ふ子に見せずほとほと散らしつるかも |
| 1566 | 久方の雨間も置かず雲隠り鳴きぞ行くなる早稲田雁がね |
| 1567 | 雲隠り鳴くなる雁の行きて居む秋田の穂立繁くし思ほゆ |
| 1568 | 雨隠り心いぶせみ出で見れば春日の山は色づきにけり |
| 1569 | 雨晴れて清く照りたるこの月夜またさらにして雲なたなびき |
| 1570 | ここにありて春日やいづち雨障み出でて行かねば恋ひつつぞ居る |
| 1571 | 春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高円の山 |
| 1572 | 我が宿の尾花が上の白露を消たずて玉に貫くものにもが |
| 1573 | 秋の雨に濡れつつ居ればいやしけど我妹が宿し思ほゆるかも |
| 1574 | 雲の上に鳴くなる雁の遠けども君に逢はむとた廻り来つ |
| 1575 | 雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも |
| 1576 | この岡に小鹿踏み起しうかねらひかもかもすらく君故にこそ |
| 1577 | 秋の野の尾花が末を押しなべて来しくもしるく逢へる君かも |
| 1578 | 今朝鳴きて行きし雁が音寒みかもこの野の浅茅色づきにける |
| 1579 | 朝戸開けて物思ふ時に白露の置ける秋萩見えつつもとな |
| 1580 | さを鹿の来立ち鳴く野の秋萩は露霜負ひて散りにしものを |
| 1581 | 手折らずて散りなば惜しと我が思ひし秋の黄葉をかざしつるかも |
| 1582 | めづらしき人に見せむと黄葉を手折りぞ我が来し雨の降らくに |
| 1583 | 黄葉を散らす時雨に濡れて来て君が黄葉をかざしつるかも |
| 1584 | めづらしと我が思ふ君は秋山の初黄葉に似てこそありけれ |
| 1585 | 奈良山の嶺の黄葉取れば散る時雨の雨し間なく降るらし |
| 1586 | 黄葉を散らまく惜しみ手折り来て今夜かざしつ何か思はむ |
| 1587 | あしひきの山の黄葉今夜もか浮かび行くらむ山川の瀬に |
| 1588 | 奈良山をにほはす黄葉手折り来て今夜かざしつ散らば散るとも |
| 1589 | 露霜にあへる黄葉を手折り来て妹とかざしつ後は散るとも |
| 1590 | 十月時雨にあへる黄葉の吹かば散りなむ風のまにまに |
| 1591 | 黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜は明けずもあらぬか |
| 1592 | しかとあらぬ五百代小田を刈り乱り田廬に居れば都し思ほゆ |
| 1593 | 隠口の泊瀬の山は色づきぬ時雨の雨は降りにけらしも |
| 1594 | 時雨の雨間なくな降りそ紅ににほへる山の散らまく惜しも |
| 1595 | 秋萩の枝もとををに置く露の消なば消ぬとも色に出でめやも |
| 1596 | 妹が家の門田を見むとうち出で来し心もしるく照る月夜かも |
| 1597 | 秋の野に咲ける秋萩秋風に靡ける上に秋の露置けり |
| 1598 | さを鹿の朝立つ野辺の秋萩に玉と見るまで置ける白露 |
| 1599 | さを鹿の胸別けにかも秋萩の散り過ぎにける盛りかも去ぬる |
| 1600 | 妻恋ひに鹿鳴く山辺の秋萩は露霜寒み盛り過ぎゆく |
| 1601 | めづらしき君が家なる花すすき穂に出づる秋の過ぐらく惜しも |
| 1602 | 山彦の相響むまで妻恋ひに鹿鳴く山辺に独りのみして |
| 1603 | このころの朝明に聞けばあしひきの山呼び響めさを鹿鳴くも |
| 1604 | 秋されば春日の山の黄葉見る奈良の都の荒るらく惜しも |
| 1605 | 高円の野辺の秋萩このころの暁露に咲きにけむかも |
| 1606 | 君待つと我が恋ひをれば我が宿の簾動かし秋の風吹く |
| 1607 | 風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ |
| 1608 | 秋萩の上に置きたる白露の消かもしなまし恋ひつつあらずは |
| 1609 | 宇陀の野の秋萩しのぎ鳴く鹿も妻に恋ふらく我れにはまさじ |
| 1610 | 高円の秋野の上のなでしこの花うら若み人のかざししなでしこの花 |
| 1611 | あしひきの山下響め鳴く鹿の言ともしかも我が心夫 |
| 1612 | 神さぶといなにはあらず秋草の結びし紐を解くは悲しも |
| 1613 | 秋の野を朝行く鹿の跡もなく思ひし君に逢へる今夜か |
| 1614 | 九月のその初雁の使にも思ふ心は聞こえ来ぬかも |
| 1615 | 大の浦のその長浜に寄する波ゆたけく君を思ふこのころ大浦者遠江國之海濱名也 |
| 1616 | 朝ごとに我が見る宿のなでしこの花にも君はありこせぬかも |
| 1617 | 秋萩に置きたる露の風吹きて落つる涙は留めかねつも |
| 1618 | 玉に貫き消たず賜らむ秋萩の末わくらばに置ける白露 |
| 1619 | 玉桙の道は遠けどはしきやし妹を相見に出でてぞ我が来し |
| 1620 | あらたまの月立つまでに来まさねば夢にし見つつ思ひぞ我がせし |
| 1621 | 我が宿の萩花咲けり見に来ませいま二日だみあらば散りなむ |
| 1622 | 我が宿の秋の萩咲く夕影に今も見てしか妹が姿を |
| 1623 | 我が宿にもみつ蝦手見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし |
| 1624 | 我が蒔ける早稲田の穂立作りたるかづらぞ見つつ偲はせ我が背 |
| 1625 | 我妹子が業と作れる秋の田の早稲穂のかづら見れど飽かぬかも |
| 1626 | 秋風の寒きこのころ下に着む妹が形見とかつも偲はむ |
| 1627 | 我が宿の時じき藤のめづらしく今も見てしか妹が笑まひを |
| 1628 | 我が宿の萩の下葉は秋風もいまだ吹かねばかくぞもみてる |
| 1629 | ねもころに物を思へば言はむすべ為むすべもなし妹と我れと手携さはりて朝には庭に出で立ち夕には床うち掃ひ白栲の袖さし交へてさ寝し夜や常にありけるあしひきの山鳥こそば峰向ひに妻問ひすといへうつせみの人なる我れや何すとか一日一夜も離り居て嘆き恋ふらむここ思へば胸こそ痛きそこ故に心なぐやと高円の山にも野にもうち行きて遊び歩けど花のみにほひてあれば見るごとにまして偲はゆいかにして忘れむものぞ恋といふものを |
| 1630 | 高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも |
| 1631 | 今造る久迩の都に秋の夜の長きにひとり寝るが苦しさ |
| 1632 | あしひきの山辺に居りて秋風の日に異に吹けば妹をしぞ思ふ |
| 1633 | 手もすまに植ゑし萩にやかへりては見れども飽かず心尽さむ |
| 1634 | 衣手に水渋付くまで植ゑし田を引板我が延へまもれる苦し |
| 1635 | 佐保川の水を堰き上げて植ゑし田を尼作刈れる初飯はひとりなるべし家持續 |
| 1636 | 大口の真神の原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに |
| 1637 | はだすすき尾花逆葺き黒木もち造れる室は万代までに |
| 1638 | あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室は座せど飽かぬかも |
| 1639 | 沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも |
| 1640 | 我が岡に盛りに咲ける梅の花残れる雪をまがへつるかも |
| 1641 | 沫雪に降らえて咲ける梅の花君がり遣らばよそへてむかも |
| 1642 | たな霧らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代にそへてだに見む |
| 1643 | 天霧らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む |
| 1644 | 引き攀ぢて折らば散るべみ梅の花袖に扱入れつ染まば染むとも |
| 1645 | 我が宿の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見つるかも |
| 1646 | ぬばたまの今夜の雪にいざ濡れな明けむ朝に消なば惜しけむ |
| 1647 | 梅の花枝にか散ると見るまでに風に乱れて雪ぞ降り来る |
| 1648 | 十二月には沫雪降ると知らねかも梅の花咲くふふめらずして |
| 1649 | 今日降りし雪に競ひて我が宿の冬木の梅は花咲きにけり |
| 1650 | 池の辺の松の末葉に降る雪は五百重降りしけ明日さへも見む |
| 1651 | 沫雪のこのころ継ぎてかく降らば梅の初花散りか過ぎなむ |
| 1652 | 梅の花折りも折らずも見つれども今夜の花になほしかずけり |
| 1653 | 今のごと心を常に思へらばまづ咲く花の地に落ちめやも |
| 1654 | 松蔭の浅茅の上の白雪を消たずて置かむことはかもなき |
| 1655 | 高山の菅の葉しのぎ降る雪の消ぬと言ふべくも恋の繁けく |
| 1656 | 酒杯に梅の花浮かべ思ふどち飲みての後は散りぬともよし |
| 1657 | 官にも許したまへり今夜のみ飲まむ酒かも散りこすなゆめ |
| 1658 | 我が背子とふたり見ませばいくばくかこの降る雪の嬉しくあらまし |
| 1659 | 真木の上に降り置ける雪のしくしくも思ほゆるかもさ夜問へ我が背 |
| 1660 | 梅の花散らすあらしの音のみに聞きし我妹を見らくしよしも |
| 1661 | 久方の月夜を清み梅の花心開けて我が思へる君 |
| 1662 | 沫雪の消ぬべきものを今までに流らへぬるは妹に逢はむとぞ |
| 1663 | 沫雪の庭に降り敷き寒き夜を手枕まかずひとりかも寝む |